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兵庫エリア尼崎支部 主任 清光琢也
「安全な道」より「成長できる道」を選んだ理由
「安全な道」より「成長できる道」を選んだ理由
今回ご紹介するのは尼崎支部で主任を務める清光琢也さんです。
清光さんの前職は、総合病院のGICUで約6年間、主に成人重症患者の看護に従事しました。コロナ禍では、特設集中治療室での勤務経験も持ちます。
日々シビアな判断が求められる現場に立ち続けてきた清光さんに、NewGate訪問看護ステーションへの転職のこと、今の仕事、将来の目標を聞きました。
総合病院の集中治療室から、訪問看護の世界へ
清光さんは総合病院に6年間勤務し、そのほとんどをICU(集中治療室)で過ごしてきました。常に緊迫した現場の最前線に立ち続けてきた清光さんが、次の職場に訪問看護を選んだ理由はなんだったのでしょうか。
「男性看護師が増えてきたとはいえ、まだまだ女性が多い職場です。若い頃から管理職を目指したいと思っていましたが、総合病院という大きな組織の中でのキャリアアップは気が遠くなるような長い道のりなんです。キャリアのことを考えた時に、訪問看護の方が選択肢が多く魅力的に感じていました」(清光さん)
2〜3年目の頃から夜勤の休憩中にもこっそり訪問看護事業所の情報収集を続けていたという清光さん。そして、6年目を迎えるタイミングで本格的に転職活動を始めました。転職を相談した先輩が、偶然にも宮崎社長のオペ看時代の同期だったのです。
「その先輩に『こんな会社があるよ』と宮崎社長のインスタを教えてもらったのが、最初の出会いでした。年功序列じゃないところや、今までの訪問看護のイメージとは全く違う風土や制度、そして会社の成長スピードに感銘を受けました。なにより勢いのあるベンチャー感にすごく惹かれたんです」(清光さん)
当時、清光さんが暮らしていた尼崎から近い西宮エリアの立ち上げ募集があったことも後押しとなり、「支部の立ち上げも経験できるなら、もうここしかない!」と応募を決意。2024年4月、西宮立ち上げメンバーとしてNewGateでのキャリアがスタートしました。
西宮、北大阪、そして尼崎へ
——背中押されて就いた主任としての覚悟
入職当初はリーダー候補として西宮エリアの立ち上げに携わった清光さん。エリアが軌道に乗り始めた頃、今度は北大阪エリアの主任というオファーが舞い込みます。
「西宮はこれから!というタイミングでしたので悩みました。でも当時 西宮のエリアマネージャーだった木村さんが僕の背中を押してくれたんです。西宮としても、木村さん個人としても、僕が抜けることで大変になることは明らかだったのに、僕の“主任”としてのチャンスを力強く後押ししてくれたんです。土地勘もなく、知らないスタッフさんもいる中で、いきなり主任として入っていくのは本当に大変でしたが、とにかく木村さんやチャンスをくれた方の期待に応えたい、頑張るしかない!という想いでした。」(清光さん)
持ち前の明るさが功を奏し、北大阪エリアにも会話や笑顔が増え、主任として北大阪の成長を牽引した清光さん。任務中に大量離職も経験して、役職者としてのマネジメントの難しさも痛感しながらも、日々、奮闘しています。
その後、育休を経て西宮の主任として復帰。
2025年9月、尼崎エリアが独立した「尼崎支部」となったタイミングで、現在の尼崎支部主任という立場に就きました。目まぐるしい異動の連続を、清光さんはどう乗り越えてきたのでしょうか。
「主任としてのやりがいは、自分たちの動きが売上に直結していると実感できることです。病院時代は、経営のことなんて正直全く意識していませんでした。でも今は、スタッフさんの働き方を効率化したり、空いている枠をうまく調整したりすることが、そのままスタッフさんの給料にもつながっていく。責任は重いですが、それだけやりがいも大きいです」(清光さん)
一方で、大変さも率直に語ります。
「会社が新しい方針を打ち出したとき、それを現場のスタッフさんにきちんと浸透させていく難しさは常に感じています。それに、頑張っても結果が出ないときもある。そんなときは、なぜ結果が出ないのかを自分の中で言語化できていないことが多いんですよね」
そんな清光さんを支えているのが、直属の上司である金本さんとの関係や、社長との直接面談の機会だといいます。
「僕が潰れそうになる前に、先に気づいて助けてくれることがよくあります。社長と直接話せる機会も定期的にあって、そこで自分の課題を整理してもらえる。外部講師を招いたマネジメント研修も毎月あるので、主任として独り立ちできるように、本当に細かくサポートしてもらっていると感じます」(清光さん)
社長に勧められて読んだという『チーズはどこへ消えた』も、清光さんにとって大きな転機になった一冊だそうです。
「今までの自分は、うまくいったことに満足して、同じ場所に留まりがちだったなと気づかされました。動いてみないとわからないことがある。足を止める方がむしろ怖いんだ、と思えるようになりました」
“こども食堂隊長”として奮闘-1回目の反省から「体育館まるごと運動会」へ-
清光さんのもうひとつの顔が、『NewGateこども食堂』の運営です。第1回(3月)では西宮エリアの「縁日担当」として準備に携わり、第2回(6月)では全体を統括する「隊長」に抜擢されました。
「1回目は本当に手探りでした。魚釣りコーナーが予想以上に人気になって、子どもたちが群がってしまって……。順番の並べ方ひとつとっても、考えが甘かったなと痛感しましたね」
その反省を活かし、2回目では待機列用のテープや、時間差で食事に案内できるスタンプカードを導入。しかし、新しく取り入れた射的コーナーが今度は大人気となり、別の課題が浮き彫りになったといいます。
「回転率が悪くて、また行列ができてしまったことで担当してくれたスタッフさんの負担がすごく大きくなってしまったんです。シミュレーション不足を、また痛感しました」
そして迎えた第3回(8月、尼崎開催)。清光さんは思い切って運営方針を大きく転換します。
「体育館のような大きな会場を借りられたので、いっそ運動会形式にしてしまおうと。ブースごとに分散させるのではなく、みんなで1つの競技に取り組む形にしたんです。そうすることで、特定のスタッフさんに負担が集中することもなくなりました」
1回目、2回目の反省があったからこそたどり着いた、この運営方式。当日の様子は、清光さんにとって忘れられない経験になったといいます。
「準備段階は本当に大変で、みんな忙しい中でお願いすることに、正直心苦しさもありました。でも、いざ始まってみると、子どもたちが本当に楽しそうにしてくれて。尼崎エリアは人工呼吸器をつけたお子さんや、車椅子のお子さんも多いのですが、普段はなかなか外出できない子たちが、思い切りはしゃいでいる姿を見られたんです。お母さんたちからも『外に出るきっかけになって嬉しかった』という声をいただいて。地域により密着した活動になっているんだなと、強く実感しました」
尼崎支部を、なくてはならない存在に
現在、清光さんは第4回以降のこども食堂運営を新しいメンバーに引き継ぎ、尼崎支部主任としての役割に注力しています。
今、見据えている目標を伺いました。
「まずは、支部が分かれたばかりの尼崎エリアの土台をしっかり整えて、一日でも早く『尼崎で訪問看護と言えばNewGate』と言ってもらえる存在になりたいです。大阪ではNewGateの知名度もどんどん上がっていますが、兵庫県ではまだまだこれから。尼崎で育ててもらった看護師として、この街に恩返しがしたいという思いもあります」
最後に、これから転職や見学を考えている医療従事者へのメッセージを聞きました。
「社長がよく口にしている『笑顔あふれる自分らしい人生を』という言葉は、スタッフに向けてつくられたビジョンです。頑張った分だけ、きちんと評価してもらえる。ここまで整った環境はなかなかないと思います。僕自身、うまくいかないことやすぐに結果が出ないこともたくさんありますが、それでも挑戦させてもらえる。看護師としてだけでなく、一人の人間として、社会に出たときに恥ずかしくないように成長させてくれる場所だと思っています」
大きな船に乗せてもらっている——そう笑う清光さんの言葉には、これから訪問看護の世界に飛び込もうとする人たちへの、率直なエールが込められていました。